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祈りの祭壇を築く②

【テキスト】マタイ6章9-13
6:9 ですから、あなたがたはこう祈りなさい。『天にいます私たちの父よ。御名が聖なるものとされますように。
6:10 御国が来ますように。みこころが天で行われるように、地でも行われますように。
6:11 私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください。
6:12 私たちの負い目をお赦しください。私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦します。
6:13 私たちを試みにあわせないで、悪からお救いください。』

イエス様は、わたしたちにどのように祈ったらよいのか、祈りの手順を教えてくださいました。今日は、その手順を学んでいきましょう。

①父なる神様への呼びかけ
6:9 ですから、あなたがたはこう祈りなさい。『天にいます私たちの父よ。

神様への呼びかけ、これから祈りは始まります。「天のお父様」です。全地全能の神様、天地万物をお造りになったお方は、天におられます。天の御国に御座があります。ですから、その呼びかけも天のお父様となります。

誰に呼びかけるか、これはとても重要です。隣の人でもなく、どこかの偉い人でもなく、どこかの先生でもなく、どこかの賢い人でもありません。天のお父様です。今あなたを呼び求めます、という呼びかけです。これが大切です。ですから、祈るときの最初の呼びかけ、これを大切にしましょう。天のお父様と一つでいらっしゃる、イエス様でもOKです。あるいは聖霊様でもOKです。その呼びかけから始めましょう。

イエス様も、十字架にかかられる直前のゲッセマネの祈りのなかで、アバ父よと呼びかけられました。アバとはギリシャ語では幼児が用いる「お父ちゃん」というニュアンスがあるそうです。そのように、私たちも親しみを込めて天のお父様のことを呼ぶことができます。

②神を礼拝する
主の祈りの2つ目はなんでしょうか。
6:9 御名が聖なるものとされますように。
です。この地上のいかなるものとも区別され、清め分かたれるようにということです。「御名があがめられますように」、とうことです。これは何でしょうか。これは、神様への礼拝を表しますね。その中には、神様への感謝と賛美があるわけです。

神様が私たちの毎日を守ってくださっていること、生かしてくださっていること、私たちの祈りを聞いてくださったこと、ひとつひとつを思い起こして感謝をささげていきましょう。

神様のご性質を思い起こしましょう。神様のすばらしさ、偉大さ、力強さ、恵み深さ、憐み、誠実さ、清さ、忠実さなど、たくさんります。

もし思いだせないときは、聖書のお話を思い起こしましょう。エジプトから紅海を渡らせてイスラエルの民を導かれた神様を思い起こしましょう。イエス様がペテロに大漁を経験させられたことや、5000人以上の人たちにパンと魚を配られたことを思い起こしてもいいですね。病人をいやされた記事を思い起こしてもいいのです。

神様のご性質を思って、賛美と礼拝を捧げましょう。これが2番目のことです。

③御国を求める
主の祈りの3番目はなんでしょうか。6:10です。
6:10 御国が来ますように。みこころが天で行われるように、地でも行われますように。
御国が来ますようにという願いをしなさいということです。御国とはなんでしょうか。これは神様の支配されるところです。神様が自由自在にお心を成し遂げる場所、それが御国です。ですから、御国には、罪がありません。悪がありません。不正や不義がありません。神様のご性質が満ち満ちた場所が御国です。

一方、この地上はどうでしょうか。この地上は、不正と不義、悪と自己中心が満ち満ちていますね。なぜでしょうか。それはこの地上は、サタンが人間を牛耳っているからです。人間の目をくらませ真理を見えなくしています。だから人は神様のことがわかりません。だから自分が生きたいように生きようとします。人から指図をされたくありません。

でもそのような自分中心、神なしの生活はサタンが支配していますので、いろんな事件事故が満ち溢れています。

だから、イエス様は、この地上に神の国が来るようにお祈りしなさいと言われるわけです。この地上に神の国が来るとどうなるでしょうか。サタンは自分の仕事ができなくなります。この地上に平和、平安が訪れるようになるのです。
毎日、新聞で記事となる出来事を読むときに、大半は、そのようなサタンの仕業を読むことになります。もちろん美談やほほえましい記事もたくさんありますが、比重からすると、それらはわずかです。ですから、私たちは御国が来るようにと祈る必要があるのです。

④養いを求める
主の祈りの4つ目はなんでしょうか。
6:11 私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください。

日ごとの糧を求めなさいということです。日ごとの糧とはなんですか。糧は、食糧の糧という字ですね。これはわたしたちが生きていくのに必要な食物のことです。

自分はなんとか食べられている、だから祈る必要はとりあえずないわ、という人がいますか。

今、ウクライナというところで戦争が行われています。いまも戦争が続いていますが、多くの犠牲者が両方に出ていますし、建物や町々が破壊され続けています。

その結果ウクライナはどうなっているのでしょうか。もともとウクライナ地方は、世界で有名な穀倉地帯です。毎年たくさんの小麦が収穫できるのです。でも戦争状態では、穀物生産にも大きな支障がでますし、輸出がスムーズにいきません。今までウクライナから小麦を輸入して購入していた国々が途端に困っています。

そのほかの外国から買うにしても、物価が跳ね上がっています。特にアフリカなどのあまり裕福でない国々では、食糧危機が訪れるわけです。途端に食べる者がなくなって、飢え死にする人たちが出てくるわけです。

もし、貧しい国々を優先して安く買えるようにしてあげればそういうこともないのでしょうが、今の経済の仕組みはそうはなっていないのです。お金のあるところが優先されるのです。ですから、日本のような国に住んでいる私たちも無関係ではないのです。自分さえ手に入れることができればOKではないのです。だから毎日の糧を今日もお与えくださいと祈る必要があります。世界のことも心に留めていきましょう。

イエス様はあるとき、次のように言われました。マタイ
4:4 イエスは答えられた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる』と書いてある。」

私たちが毎日生きていくのは、口から入る食べ物だけではないと言われました。神の口から出る一つ一つの言葉が必要だと言われました。

これは、御言葉のことです。聖書のお言葉です。それを毎日読んで霊の糧として食べていきましょう。その糧が与えられるように祈れと言われました。ある人は「イエス様、祈らなくても、ここにありますよ、ここに聖書が。」と言うかもしれません。

でもイエス様は、祈りなさいと言われます。聖書に書かれてあることは歴史的な記事であり、弟子たち、預言者によって書かれた教えです。神様が語られたお言葉です。

「過去に書かれた記事の中から、今日わたしに必要なお言葉を語って下さい」とそのように求めなさい、ということです。これは神様とのコミュニケーションです。神様の方では「わかった、あなたに今日この言葉を与えよう」といってお言葉を示してくださいます。教えてくださいます。

これは神様からの語りかけを受け取ることです。これをレーマと言います。このレーマを受け取っていきましょう。これを求めなさい、祈りなさいと主は言われるわけです。

⑤罪の赦しを求める
主の祈りの5つ目はなんでしょうか。
6:12 私たちの負い目をお赦しください。私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦します。

負い目という言葉が出てきます。負い目とは何でしょうか。日本語の辞書を引くと、①借金、負債 ②自分の側に罪があって、相手に頭が上がらなくなるような心の負担と記されています。

ここで言う負い目は、罪のことを言っています。「私たちの罪をお赦しください」と祈りなさいということです。私たちは、イエス様を信じる時、「どうぞ、わたしの罪、神を神として認めなかった不信仰の罪を赦してください、数々の罪を赦してください」と祈ります。そしてその時、私たちの全ての罪は赦されました。でも、私たちは本当に罪深いものです。誰でもです。毎日のように罪を犯します。もし、その罪が思い起こされたら、赦されるように求めなさいと言うわけです。

そしてそれで終わりではありません。私たちと関わりのある人々が、自分に対して犯す罪、これも赦してあげなさいというわけです。先週、その学びをいたしました。ですから、人が自分にした悪いことも、赦してあげましょう。

⑥悪からの救いと守りを求める
主の祈りの5つ目はなんでしょうか。
6:13 私たちを試みにあわせないで、悪からお救いください。』

試みに会わないように助けてくださいと祈ることです。この試みとはなんでしょうか。その後のことばに、悪からお救い下さいとあります。ですから、サタンからやって来る試み、誘惑や試練だということがわかります。

サタンはクリスチャンに向けて毎日、火矢を放ちます。それは、疑い、不信仰、不平不満、怒りや憤りなど、人が自己中心や肉的な思いになるようにと仕向けてきます。

それらのサタンの攻撃や誘惑をはねのけることができるように祈りなさいとイエス様は言われます。

私たちは毎日いろんな働きをします。あっちこっちに動いて出かけます。そのような時にも、守りを祈っていきましょう。わたしの妻は車で出かける時には、必ず祈ります。「どうか行く道も帰りの道も守ってください」と。最近は、わたしもそれにならって祈るようにしています。

⑦神を礼拝をして祈りを締める
主の祈りの7番目はなんでしょうか。今の訳にはなくなっていますが、前の訳にはありました。
6:13国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。アーメン。〕

「とこしえにこの国も、力も、栄光もあなたが受けるべきものです。あなたのものです。あなたが王の王、主の主、全能の神です」、という祈りの言葉です。

これは、最後に、神様を礼拝して終える、締めるということです。神様への礼拝ではじまり、礼拝で終えるということです。

イエス様が弟子たちに教えられた「主の祈り」について7つの項目で見てきました。この祈りに倣って私たちも祈っていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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